はじめに

山の環境というものは多くの人が普段暮らしている町の環境とは大きく異なります。 その点に関して基本的な理解が無いと安全な登山はできません。 まずは最低限知っておかなければならない知識を順に覚えていきましょう。

自然環境

山の天気

山の天気は変わりやすいと言うように、天気予報が良くても急な雨や雷に遭遇することは珍しくありません。 どんなに天気予報が良くても雨具と最低限の防寒着は必ず用意しましょう。

山の気温

気温は標高が100m上がると約0.6度下がります。 石鎚山は1982mあるので単純計算で約12度下がることになります。 さらに風が出ると風速1mあたりで体感温度が1度下がるとも言われます。

悪条件が重なれば真夏でも低体温症で行動不能に陥ることも充分に考えられます。 2009年に発生したトムラウシの大量遭難事故を覚えている人も多いのではないでしょうか。 あれは北海道のこととはいえ真夏の7月にも関わらず凍死者が出ています。 夏山でも決して油断してはいけません。

積雪期と残雪期

真冬には皆当たり前に雪があると考えますが、春になると「もう雪は解けただろう」と考える人が増えてきます。 しかし石鎚山では5月まで雪があることも珍しくありません。 それどころか5月に新雪が降ることすらあります。 また雪解けの時期には気温が0度前後をうろうろするため、融解と凍結を繰り返し非常に滑りやすい状態になることが良くあります。

雪の状態が悪くなりやすい時期にも関わらず雪が無いと思い込む人が増えるため、この4月から5月の残雪期は非常に事故の多い時期となっています。 完全に雪解けが終わるまでは必ずアイゼン等のしっかりした滑り止めを準備していきましょう。

計画

特に初めて行く山では事前に入念な下調べと準備が必要です。 どれだけ有名で人の多い山であっても、行けば何とかなると考えるのはやめましょう。

登山ルートの選択

石鎚山に限りませんが、多くの山には登山口が複数あります。 ルートの難易度も様々ですので、自分の経験と体力に合ったルート選びをしましょう。

その際地図等に書かれたコースタイムを参考にすることが多いですが、このタイムには休憩時間が含まれていません。 コースタイム3時間とあれば3時間休みなく歩き続けて辿り着く距離という意味になります。 実際には休憩時間が必要なのでそれを前提に計画を練りましょう。

石鎚山系の登山グレード

石鎚山系公式サイトで石鎚山周辺の様々な登山ルートに対するグレーディングを公開しています。 登山計画を立てる際の参考にすると良いでしょう。

アクセスの確認

自家用車を利用して登山口へ行く場合、駐車場の有無や道路の規制情報、ゲートの有無やゲートの閉鎖時間などをよく確認しましょう。

公共交通機関を利用する場合、特に下山後に利用できるものがあるかどうか確認が必要です。 下山したのは良いがバスの最終便を逃して帰れなくなったという話も耳にすることがあります。

宿泊場所の確保

宿泊前提で登山をする場合、必ず宿泊先の施設に予約をしましょう。 山だからといっていきなり山小屋を訪れて宿泊を希望しても受け入れてもらえるとは限りません。 もし予約後に変更やキャンセルの必要が出た場合は速やかに予約先へ連絡しましょう。

また宿泊の予定がなくても万が一に備えてどこに宿泊施設があるかを把握しておくことも大切です。 それと同時に緊急時すぐに連絡できるよう電話番号等を控えておきましょう。

登山届の提出

日程やルートが決まったら登山届を作成して管轄の警察署へ提出しましょう。 Compassというシステムを利用すればインターネット経由で登山届を出すことができるようになっています。 また従来のように書面で作成して登山口等にある登山届提出用のポストに入れることもできます。

装備

装備に絶対的な決まりはありませんが、基本的に準備した方が良いものを中心に紹介します。

ザック荷物が丁度よく入る程度の大きさのもの。
履きなれたもの。新品は怪我の元。
衣類重ね着で調節できるもの。
防寒着休憩時などに着るもの。
帽子日差しが強い時期に。
雨具上下セパレート型のもの。
ヘッドライト日帰りでも用意すること。
地図紙の地図。
コンパス簡単なものでも可。
行動食万が一に備えて少し多めに。
飲料水下山までに必要な充分な量を。

地図とコンパスとGPS

紙の地図とスマホの地図はどちらがいいかという話はよく議論になりますが、状況に応じて使い分けるのが良いでしょう。

もちろん理想を言えば紙の地図とコンパスで行動できるのが一番ですが、その技術を身に付けるにはかなりの訓練が必要です。 反面スマホの地図とGPSであれば誰でも簡単に現在地の確認ができます。 その代わりスマホは電池が切れてしまえば無用の長物になるわけですが、安全のために使えるものは積極的に使うべきです。

通常は紙の地図でルートや分岐を確認しながら歩き、現在地がわからなくなった場合にGPSで確認していくのが良いでしょう。

衣類

登山中は体温が上がり汗をかきやすく、休憩中は汗が冷えて急激に体温が下がります。 基本的には動いている状態で寒さを感じない程度のものを着ておき、休憩時に防寒着を着るようにします。 休憩時は寒さを感じてから防寒着を着るのではなく、発汗が落ち着いたら体がまだ暖かい内に防寒着を着るようにしましょう。

雨具

雨具はどんなに天気予報が良くても必ず持っていくようにしましょう。 よく「天気予報が良かったので雨具は持ってこなかった」という人がいますが、山で天気が急変することは珍しくありません。 また雨対策としてだけでなく風対策として使う場面も良くあります。

雨対策とザックカバー

よく聞く失敗に「ザックカバーをしていたのに中身の荷物がびしょ濡れになってしまった」というものがあります。 ザックカバーはザックの片面しかカバーすることができないため、どう足掻いても背中側から水がザックの中に浸入してしまいます。 ザックカバーはあくまでもザックの濡れを軽減するもので、完全に防水できるものではありません。

ザックそのものが防水である場合は別ですが、そうでない限り中身の荷物は別途ビニール袋で包むなどして防水する必要があります。 特に予備の着替えなどは濡れると用を成さなくなるので必ずビニール袋などに入れてからザックに入れましょう。

行動食と水分

行動食と水分は下山後に少し残るぐらいの量を用意しましょう。 必要以上に持ってしまうと重くなり無駄な疲労を招くので良くありませんが、不足すると脱水症状や低血糖を引き起こし行動不能となる場合があります。 夏場は当然水分を多めに用意する必要がありますが、春から秋の涼しい時期、または冬の寒い時期でもある程度の水分は持つ必要があります。

水分は好みのもので問題ないですが、水を持っておくと怪我をした時や汚れを落としたい時に使うこともできます。 ただし水だけを摂取するとミネラル分が不足して足が攣る原因にもなるので、別途ミネラル分を摂取できるものを用意した方が良いでしょう。

登山中の行動

早立ち早着き

登山で最も重視すべきなのは安全に下山することです。 充分に明るい時間に余裕をもって下山を済ませるように心掛けましょう。 そのためには出発もできるだけ早くすることが大切です。

昼を過ぎてから登り始めて下山が遅くなり、暗くなって歩けなくなるという話も珍しくありません。 そういった状況に備えて日帰りでも必ずヘッドライトを準備しましょう。

また真夏に顕著ですが、午前中の天気が良いと上昇気流により雷雲が発生して昼以降ににわか雨と雷に襲われることも珍しくありません。 それに日中の暑い時間に行動を続けると熱中症や脱水症状を起こす原因にもなります。 夏は日が長いですが行動時間は午前中を中心にすると良いでしょう。

歩き方

勢いをつけず静かにゆったりと歩くようにしましょう。 ぐいぐいと足に力を入れて歩くとすぐにバテてしまいます。 ペースは息が上がらない程度に抑え、無理なく30分以上歩き続けられるぐらいにすると良いでしょう。

行動食と水分の摂取

行動食と水分はどちらも一度にたくさん摂らず、こまめに少しずつ取るようにしましょう。 特に水分は一度にたくさん飲んでも体の吸収が追い付かず無駄に排出されてしまいます。 1時間に1回程度のペースで残量を計算しながら少しずつ摂るようにしましょう。

特に水分は喉の渇きを覚えてから飲むのではなく、意識してこまめに飲むことを心掛けてください。 喉の渇きを感じた場合はその時点ですでにかなりの水分が体から失われています。 そうなる前に少しずつ水分を補給しておきましょう。

なお、水ばかりを摂取していると体内のバランスが崩れ足が攣る原因にもなります。 スポーツドリンクなど運動に適したものを用意するか、あるいは水を飲料以外の用途に使う場合も考えるなら別途ミネラルを摂れる行動食を用意しておくのも良いでしょう。

足が攣った場合

足が攣る原因はいくつかありますが、主に体力不足と水分・ミネラルの不足です。 一度足が攣ってしまうと簡単には回復しないので場合によっては遭難に繋がることもあります。 事前の体力作りと行動中の適切な補給を心掛けるようにしましょう。

もし足が攣ってしまった場合は水分とミネラルをしっかりと補給してから攣った部位を充分に休めます。 水分もミネラルもすぐには体に吸収されないので症状の改善にはある程度時間がかかります。 その際体が冷えないよう防寒着やレインウェアを着込んでください。

また足の痙攣に効くとされる漢方薬が薬局などで購入できます。 体力に自信がない人や過去に登山で足が攣った経験がある人は事前に用意しておくのも良いでしょう。

遭難した場合

万全の準備で登山に臨んでも思わぬ原因で遭難することは誰にでもあります。 準備を蔑ろにした結果の遭難であれば恥じるべきですが、そうでないならば遭難それ自体を恥じる必要はありません。 まず何においても最優先するべきは命を落とさないことです。

もうどうやっても自力で下山することが不可能だと判断したら速やかに救助を要請してください。 通報先は110番と119番のいずれでも構いません。

電話が繋がったらまず最初に「山岳遭難です」と伝えましょう。 そして可能な限り正確に自分の居場所を説明しましょう。 そのためには自分がどこをどのようにして通って来たかをよく覚えておく必要があります。 登山中も常にどのような分岐をどちらに入り、どのような地形の場所を歩いているのかということを意識するようにしましょう。

通報後は身の安全を最大限確保し、生命の維持に努めてください。 風雨を凌げる場所で待機し、持っている防寒着は汗をかかない範囲で可能な限り着込み体温の維持に努めます。 食料と水分はできるだけ長い時間をかけて少しずつ摂るようにしてください。 可能であれば捜索隊に発見されやすくなるように目立つものを周囲に出しておくなどの工夫も必要です。

捜索隊の気配を感じたら何でもよいので音や声、光などを使って存在をアピールしてください。 黙ってじっとしていると捜索隊が気付かずに見落としてしまう可能性があります。

もし通報後になんらかの幸運で自力下山できた場合は速やかにその旨を報告してください。 報告が何もないと存在しない遭難者を捜索隊が探し続けることになります。